ホイール組み

重量級スプリンターに合わせて、カンカンに硬いホイールを組んだ話

工房日誌 / ホイール組み / オーダーホイール

少し変わったホイールのオーダーをいただきました。

依頼主は、かなりの重量級スプリンター。最大1870Wを叩き出す、ちょっと規格外の好青年です。

求められたのは、とにかく剛性感。しかも最後に大切な条件として、「低予算でお願いします!」とのことでした。はい、そこ大事です。

1. 太ももとピアノの話

その選手は、かなりの重量級です。

まず見た目の説得力がすごい。

太ももに至っては、私の倍はあろうかと思われる太さ。

最大1870Wを誇る、筋骨隆々のスプリンターです。

自転車というより、もう発電所か何かです。

思わず、「すごい体だね。レスリングでもやってたの?」と尋ねました。

すると彼は、にこっと笑って言いました。

「高校までピアノを一生懸命頑張ってました!」

嘘だろ。

ピアノを弾いていたんじゃなくて、ピアノを持ち上げていたの間違いじゃないのか。

この落差がいいんです。

見た目はパワー系。中身はまじめで、受け答えも柔らかい。

大きな身体と、繊細な感性を持つ好青年です。

2. どんなホイールでも柔らかく感じる

そんな彼にも、悩みがありました。

どんな高級ホイールを試しても、どうにも柔らかく感じてしまうそうです。

特にスプリント時のかかりに不満があるとのこと。

体重もあり、パワーもある。

普通の選手なら十分に硬いホイールでも、彼の入力ではホイールのほうが負けてしまうのでしょう。

こういう相談は、なかなか面白いです。

万人にとって良いホイールではなく、その人の身体と走り方に合わせたホイールを考えることになります。

3. 剛性感最優先。ただし低予算

今回のオーダーは、剛性感最優先。

重視しているのは、スプリント時のかかりの良さと、コーナー時の安定性です。

反面、登りの軽さはあまり考えていないとのことでした。

そして最後に、大切な要望がひとつ。

「低予算でお願いします!」

そこが一番難しかです。

良いものを使えば、もちろん良いホイールは作りやすい。

でも、予算の中で狙いを外さず、どこにお金をかけて、どこを抑えるか。

ここが組み手の腕の見せどころでもあります。

4. リムは少し重い。でも、とにかく硬い

リムはいわゆる中華リムを選択しました。

大手ブランド向けの製造実績もあり、私が重視したのはブランド名よりも、実際に使った時の硬さと素性の良さです。

とにかく硬い。少し触っただけで硬さが伝わってきます。

これまでも何本か組んで、信頼しているものを選びました。

フロントはリムハイト45mmで、重量431g。

リアはリムハイト55mmで、重量435g。

現代の水準で見ると、少し重量は重めです。

ただ、このリムは私も好きなリムで、とにかく硬い!

たわまずに、ビシッと真っ直ぐ走る感覚があります。

きっと重量級の選手の足元を、たわまずに支えてくれるはずです。

今回使用したリム
今回使用したリム。触っただけで硬さが伝わってきます。私も好きなリムです。
フロント431g、リア435gのリム重量
フロント431g、リア435g。軽量リムではありませんが、今回の狙いには合っています。

5. ハブは予算と信頼性の落としどころ

ハブは、当初DTスイスがご希望でした。

気持ちは分かります。良いハブです。

ただし、今回は予算の関係で却下。

そこで台湾のノバテックハブを選択しました。

ただし、ここで少し手を入れます。

ベアリングはNSKの「MADE IN JAPAN」のものを選び、純正のまま使わず、最初から組み替えることにしました。

予算は抑える。

でも、回転部の安心感はできるだけ確保する。

こういう落としどころを探していきます。

ノバテックハブとNSKベアリング
ノバテックハブをベースに、ベアリングはNSK製へ。予算と信頼性のバランスを取ります。

6. スポークはCX-RAY、リアは28本

スポークは、SAPIMのCX-RAYを選びました。

硬くするだけなら、もっと無骨な選択肢もあります。

ただ、CX-RAYにはしなやかなバネ感があり、スプリント後半の伸びも狙えます。

ホイールは、硬ければ何でも良いわけではありません。

踏み出しで受け止める硬さと、最後まで伸びていくしなやかさ。

その両方を考えます。

通常は24本組で考えることが多いですが、今回は体重とパワーがあります。

本人とヒアリングを重ねたうえで、リア28本、フロント24本で行くことにしました。

7. 組み上がり重量

組めました。

気になる重量は、フロント688g、リア833g。

合計重量は1521gです。

超軽量ではありません。

でも、今回の狙いはそこではありません。

軽さよりも、スプリントで踏み負けないこと。

コーナーで腰砕けにならないこと。

重量級の選手が安心して踏み込める足元を作ることです。

組み上がったホイールの重量
フロント688g、リア833g。今回の目的から考えると、十分納得できる重量です。
完成した高剛性オーダーホイール
完成したホイール。タイヤはGP5000 S TR 28Cをチューブレスレディで装着しています。

8. まだ硬さが欲しい

この状態で一度乗っていただきました。

ところが、返ってきた感想はこうです。

「もう少し硬さが欲しいです」

さすがです。

私ならこの時点で、もう十分硬いと感じるはずです。

そこからさらにスポークテンションを上げました。

そして、テンションの弱い側のスポークを、半田を使ってステンレスワイヤーで結線しました。

これを剛性の補助にしています。

かなりの高テンションで、カンカンに張って仕上げています。

体重63kg前後の私には、完全にオーバースペック。

固すぎて足にきそうな、超高剛性仕様です。

スポークをステンレスワイヤーで結線した部分
テンションの弱い側を、ステンレスワイヤーを使い半田で結線しました。

9. 最高に進むホイール

この仕様で、本人には気に入っていただけたようです。

本人曰く、「最高に進むホイール」になっているとのこと。

こう言ってもらえると、作った側としては本当にうれしい。

その後、直近の県選手権で優勝。

普段から強気の発言で息巻いていますが、言葉どおりの結果も残すことができました。

本人にもかなり満足していただけているようです。

やっぱり、結果が出るとうれしかですね。

完成したホイールで走る選手
後続を引き離し優勝!狙いがうまく噛み合った時は、組んだ側も報われます。

10. 吊るしにはない楽しさ

今回は、本人の好みがはっきりしていたので、取り組みやすいオーダーでした。

ヒアリングを繰り返し、好みと方向性、狙いを形にしていく。

その結果、うまくいきました。

市販の吊るしホイールにも、もちろん良さがあります。

ただ、自分の体格、自分の踏み方、自分の走り方に合わせて、ビルダーと一緒に模索し、世界に唯一のホイールを作る楽しさはまた格別です。

誰にでも合う万能品ではなく、その人のために少し尖らせる。

こういう仕事は、やっぱり面白かです。

そして、彼が次に狙うのは沖縄制覇。

「このホイールで勝ちにいきます!」と言ってくれています。

楽しみですね。

若武者の戦いを応援できるのは、幸せなことです。

どんな吉報が届くのか、楽しみにしています。